油を排水に流すな!

私は15の頃から設備屋の日雇い仕事を手伝っていました。

10代の頃は金が足りない時。20代になると土日だけ。気づけば本職になっていた。

高圧洗浄をした排水管の点検口からは白と黒が混ざり合ったヘドロが沸きだしてくる。

見た目も酷いが言葉では言い表せない強烈な匂いがする。

これがいつも料理で使っている油の末路?

目の前で見ても信じられない話でした。

足で踏みつけても。バールで殴っても。表面がポロポロと崩れるだけ。

人の力ではどうにもできないほどの硬さでした。

商売上手で目立ちたがりの大将(社長)はこういうパフォーマンスが大好きだった。

遊びでやっているわけでもない、大切な営業活動だ。

 

かかる経費もガソリン代と消耗費程度。(たまに高圧洗浄ホースが破れることもあるけれど)

常に需要があり。短時間で終わる作業。元手もかからない。

排水管洗浄とは非常に割の良い仕事なのです。

とにかく設備屋から見れば「油は金になる」

油が詰まるのは古い建物だけだろう?というのは完全に先入観。

素人目から見ても「なんでこんな作りにしたんだ?」という建物は多い。

特に油をたくさん使う飲食店は排水をよく見た方が良い。

よく薬局に売っている「アレ」のことです。

CMで見かけることもあるパイプ汚れを取る「薬」

素人の私にはわからない。

ということで周りにいる熟練の職人たちに尋ねてみることにした。

「排水の油をとる薬はあるんですか?」

強い薬は設備を痛める。

ちなみに設備屋は市販には売られてない「強い薬」を持っていたりします。

※法律に触れるやつなのでナイショです。

 

話を続けましょう。

 

 

その日もまた「水が流れない」という連絡を受けて、

市営マンションの一室に向かった。

 

一人暮らしの初老のご婦人が「たのむわねー」と出迎えてくれる。

報告では「理由は不明だが排水が詰まった」とだけ聞いている。

ではなぜ、水を流さずに排水が詰まっていると気づけたのか?

詰まっている原因を知っているのだから、あえて水を流すわけがない。

つまり流した油が徐々に固まって詰まっているのではなく、

なにかしらの「異物」が原因で詰まっているということがわかる。

「何故、詰まりの原因を隠しているのか?」

 

・・・・それはここが「市営マンション」だから。

つまり家主は100%自分の落ち度で排水が詰まっているとわかっているけど、

少しでも市の支払いになる可能性を残すために知らないフリをしている。

よくあることだけれど、困ったものだ。

(誤魔化せるハズが無いのに・・・・・・)

作業時間が長引いたり「管内カメラ」のような特殊装備を使えば

その分の料金は請求書に上乗せになる。

排水に何かしらの「異物」を詰めたのがご婦人ならば、

もちろん支払いはこちらのご婦人の負担となる。

しかし・・・ここで安易に家主のご婦人に「排水に何か詰まらせましたか?」

などとストレートに聞くのはよろしくない!

 

そこで聞いてもし「知りません!」と言われたら面倒だ、

自尊心を守るために意地になって答えてくれなくなるかもしれない。

 

そこで・・調査を始める前にすこーし世間話をして警戒心を解いてから・・

 

精一杯の笑顔を作ってヘコヘコしながら話しを切り出す。

「もし詰まっている理由を知ってたら教えて下さい~」

 

すると・・・ご婦人は「ふぅ」とため息をついてから、詰まりの原因を教えて下さった。

つまりこういう話。

排水に油を流すまいと固めた油を排水に落とすなんて・・・

オッチョコチョイなご婦人だ。

なるほど、もしかしたらただ言うのが恥ずかしかったから隠していたのかもしれない。

原因がわかれば、この仕事は大半が終わったようなもの!!

すぐに作業に取り掛かる!

これで作業が完了だが、最後に1つ確認しなければいけない。

一番大事な確認作業だ、お客さんにもハッキリと目でわかる形で

「ちゃんと排水の詰まりは解消しました!」と理解してもらえる。

 

水の流れる音を聞けば、こちらのご婦人がちゃんと日頃から油を流さず、

排水をキレイに使ってらっしゃることがよくわかる。

 

これにて作業完了。

ほんの数秒、金額を考えているとご婦人がボソッとつぶやいた。

 

「この前も業者さん呼んで直してもらったんだけどねぇ・・」

 

(んんっ?この前・・・・も?)

 

「どこの業者を呼んだんです?」と尋ねると、

ご婦人が明細書を持ってきた。

 

TVCMでお馴染みの超大手設備屋の名前。

明細の金額が・・・4万近い!?

 

「えっ?これはなんの作業で?いつ呼んだんですか?」

聞き間違えかもしれないので、改めてご婦人に聞き直した。

 

「この固めた油を落とした件で、数日前にも来てもらったのよ~」

 

「えっ!?」

 

まったく意味が分からない。

いま確かに油の塊が排水に詰まっていた。

 

私が詳しく尋ねると、ご婦人がこんな話をしてくれた。

「固めた料理油を排水に落としてしまった」という話を聞いただけで、

排水の中を見る事すらしなかったそうですが・・・

「大丈夫」というなら大丈夫だろうと思ったそうです。

内心疑っていたご婦人は「やっぱり騙されていた!」と思ったそうだ。

 これでは水が流せない!」そこで市の管理会社を経由して呼ばれたのが私だった。

昔、職人たちから聞いたことがある。

詰まった排水管に「謎の粉」をサラサラと振りまいて・・・・

「明日には直ってますから!」と言って、お金をとっていく悪徳業者がいると。

もしその粉に効果があれば魔法の様に凄いことだけど、

パラパラ撒いても「それっぽいだけ」で何の効果も無い。

技術は進歩しているが、

基本的に油は高圧洗浄機で油を粉砕するほかないはずだ。

そこで「薬」や「粉」の話が出るのは・・・ちょっと・・どうかと思う

請求金額を上げるために適当なことを言ってるだけじゃないか?と勘ぐってしまう。

結局、私の判断で家主のご婦人からはお金をとらなかった。

・・・しかしそれで我が社の大将(社長)が怒ることもありませんでした。

なぜならその代わりに、各地の市営マンションから

「排水管洗浄の定期契約」が大量にとれたからだ。

つまりご婦人からお金をとらないことで、儲けが増えたのだ。

ご婦人から金をとらない代わりに、頂戴したのだ。

 

マンションの管理人の方々は魔法使い(悪徳業者)の話と、

魔法の紙(ボッタクリ明細書)を見てこう思った。

「老人ばかりのマンションの住人がこんな悪徳業者を呼んだら大変だ!」

ということで我が社との定期契約を快く結んでくれたのだ。

 

マンション側としても排水が油で詰まってから業者を呼ぶよりも、

年2回ほど定期的に排水管を洗浄するほうが断然コストもかからないし安心だ。

まるで童話のような話だ。

流した油で排水が詰まってしまった!

すると魔法使いがやってきて、魔法の粉を撒く。

「もう大丈夫!明日には直ってます!」

魔法使いがそう言うのでお礼のお金を払いました。

しかし次の日になっても排水が詰まっており、水が流れません。

「ぜんぜん直ってないじゃないか!」と魔法使いに文句言う。

すると魔法使いはこう言うのです。

「なるほど!粉が効かないなら、もう工事しかありませんね!」

仕方が無いので、たくさんのお金を支払いました。

メルヘン。ファンタジー。

それがわかってもらえたと思う。

 

 ・・・・私は海が好きで、海のそばに住んでいます。

「油を流すと余計なお金がかかるし面倒だ」

そういう話がもっと広まってくれたら嬉しい。

 

おわり