初めまして、江戸文学を紹介するブログ「うきよのおはなし」を運営しています北見花芽と申します。江戸文学を専門的に学んだのですが、そのスキルを活かす場が無いので、ブログで江戸文学を紹介しています。
さて、いよいよ夏本番、お化けの季節がやってきましたが、お化け屋敷や肝試しに行かなくても、実は家の中に妖怪がいるのかもしれません。
ちなみに、今伝わっている妖怪の大多数が、江戸時代の絵師鳥山石燕(とりやませきえん)によって描かれたものです。水木しげる先生の妖怪画も、鳥山石燕の絵を元にしている場合が多いです。
今回は、鳥山石燕が描いた妖怪画を元に「あなたの家の中にいるかもしれない衝撃の妖怪五選」と題して、家の中に現れる妖怪たちを紹介していきます。
1、影女(かげおんな)
【鳥山石燕『今昔百鬼拾遺(こんじゃくひゃっきしゅうい)』(安永10[1781]年刊)より】
※国立国会図書館デジタルコレクションの画像に適宜修正を加えて使用しています。
鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』では、影女について次のように書かれています。
影女は、障子に映る女性の影の姿をした妖怪です。特に何かをするわけではなさそうですが、この妖怪が出る家には他の化け物がいるようなので、影女を見たらすでに家が化け物屋敷になってしまっている可能性が大ですね。
現在では障子が少なくなってきたので、おそらく窓やカーテンに映って現れる事でしょう。実際、影女のような謎の影を見た事がある方は、私を含めて少なくないのではないでしょうか。
影は意外と遠くの物が映ったり、光線の加減で全く別の場所の物が映ったりするので、おそらくそういうものが影女の正体なのでしょうが、昔の人にとっては怪異と感じられたのでしょう。
石燕は影関連の故事と言う事で『荘子』を引用しているのですが、罔両(もうりょう)という言葉は妖怪を意味する魍魎(もうりょう)に通じます。石燕は「影女も実は自分の影で、自分の心の中の化け物が影女となって現れる」と言いたかったのかもしれませんね。
2、天井下(くだ)り
【鳥山石燕『今昔画図続百鬼(こんじゃくがずぞくひゃっき)』(安永8[1779]年刊)より】
※模写
鳥山石燕『今昔画図続百鬼 』では、天井下りについて次のように書かれています。
天井下りは、天井から現れる不気味な姿の妖怪です。絵を見ると天井からぶらさがっているだけのようですが、どうやらぶらさがっているだけではなくて落ちてくるようなので、それはそれは恐怖でしょうね。落ちて来てからどうなるかが不明なので、実際に遭遇しないと分からない点も恐ろしいです。
天井裏があり、天井下りもそこに住んでいると思われます。天井裏は普段は見る事が出来ないので、昔の人にとっては恐ろしい空間だったことでしょう。
実際は、天井裏にはネズミやハクビシンなどの動物が住み着いていたりして、時にはそのような動物が天井を踏み破って落ちてくることもあったでしょうから、特に夜なんかは何が落ちてきたか見えないので、それが天井下りという正体不明の妖怪が落ちてきたということになったのでしょう。
今でも天井はどの家にもあるので天井下りが現れそうですが、マンションなどには天井裏がないので、天井下りにとっては住みにくい世の中でしょうね。
3、逆柱(さかばしら)
【鳥山石燕『画図百鬼夜行(がずひゃっきやこう)』(安永5[1776]年刊)より】
※国立国会図書館デジタルコレクションの画像に適宜修正を加えて使用しています。
逆柱は、木が生えていた向きと逆に立てられた柱がわざわざいを起こす妖怪となったものです。絵を見ると、柱から妖精のようなものが出てきて悪さをするようです。
逆柱はどの家にでもありうるし、素人では逆柱かどうか見分ける事ができないので、これは厄介な妖怪だと言えます。でも、プロの大工さんは木目を見ただけで木の生えていた方向を見分ける事ができるそうなので、家を建ててくれた大工さんの腕を信じましょう。
逆柱について石燕は何も書いていないのですが、『西鶴織留』巻四の一「家主の鼻はしら」に逆柱のエピソードが出てきます。京都の扇屋の妻が家主の妻の顔の鼻柱が高い事をバカにしたために、扇屋夫婦は引っ越しすることになるのですが、引っ越し先で次々にトラブルに見舞われ、引っ越しを繰り返すという話です。
その引っ越し先の一つに逆柱が出てきます。鼻柱をバカにしたら逆柱にやられるというシャレも入っていますね。
どうやら逆柱は、ポルターガイストのような現象を起こすみたいですね。
【井原西鶴『西鶴織留(さいかくおりどめ)』(元禄7 [1694]年刊)より】
※国立国会図書館デジタルコレクションの画像に適宜修正を加えて使用しています。
挿絵は逆柱の仕業なのか、ほうき、灯明、井戸、女性など、あらゆる物が逆さに書かれています。
そういえば、影女も逆立ちの姿で描かれており、天井下りも逆さにぶらさがっていますね。「逆さ」というものが怪異を引き起こす要因だと、当時の人は考えていたのかもしれません。
石燕の絵では、柱に顔が浮き出ていますが、柱の模様が顔のように見える事はよくあるので、そのあたりから柱の妖怪と言う発想が生まれたのかもしれません。
4、青行灯(あおあんどん)
【鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より】
※国立国会図書館デジタルコレクションの画像に適宜修正を加えて使用しています。
鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』では、青行灯について次のように書かれています。
青行灯は行灯の火が消える時に現れる妖怪です。そして、百物語は百本の灯明を灯し、怪談が一話終わるごとに灯明を一つずつ消すという遊びです。百物語の最後の話が終わって真っ暗になると妖怪が現れると言われています。
百物語では青い紙を貼った行灯を使用するので、その連想から灯を消して暗くなった時に現れる妖怪に青行灯と言う名が付けられたのでしょう。現代だと、寝る前に電気を消して暗くなったら現れるのでしょうね。
百物語は大人だけでなく、子どもたち間でも流行したようです。
【歌川芳員(うたがわよしかず)『百種怪談妖物双六(むかしばなしばけものすごろく)』(安政五[1858]年刊)】
※国立国会図書館デジタルコレクションの画像に適宜修正を加えて使用しています。
百物語で遊んで青い紙を行灯に貼ったまま片付けない子どもを、親が「早く片付けないと青行灯が出るよ!」などと脅すために作り出された妖怪かもしれませんね。
5、五徳猫(ごとくねこ)
【鳥山石燕『画図百鬼徒然袋』より】
※国立国会図書館デジタルコレクションの画像に適宜修正を加えて使用しています。
鳥山石燕『画図百鬼徒然袋』では、五徳猫について次のように書かれています。
五徳猫は、頭に五徳を乗せた猫の妖怪です。絵を見ると、火吹きだけを使って囲炉裏に火をつけて家事を手伝ってくれる妖怪のようです。見た目は少し奇妙ですが、怖さは感じない妖怪ですね。
五徳猫のしっぽを見ると二つに分かれていますが、長寿の猫はしっぽが二つに分かれて猫又という妖怪になると言われています。
【『百種怪談妖物双六』より】
※国立国会図書館デジタルコレクションの画像に適宜修正を加えて使用しています。
また、古い道具は霊力を持って付喪神(つくもがみ)という妖怪になると言われています。
五徳の付喪神は室町時代に成立したという『百鬼夜行絵巻』にすでに描かれています。
【『百鬼夜行絵巻』より】
※国立国会図書館デジタルコレクションの画像に適宜修正を加えて使用しています。
おそらく五徳猫は、五徳の付喪神と猫又が合体して生まれた妖怪なのでしょう。猫又は手拭いを頭に乗せて踊るのですが、手拭いを五徳に乗せ換えて、五徳猫に変身!と言った感じでしょうか。
さて、石燕は五徳猫が何かを忘れてしまったのではないかと言っています。妖怪は人を怖がらせるのが仕事ですが、五徳猫は怖がらせるどころか、家事をして人の役に立っています。
そうです、五徳猫は人を怖がらせるという妖怪としての本分を忘れてしまったに違いありません。
五徳は調理器具で、今でもコンロの上に乗っていますね。なので現代でも、コンロに火をつけて家事を手伝ってくれることでしょう。
長生きの猫ちゃんと古いコンロがあるお宅で、知らない間に家事が終わっていることがあったら、それは五徳猫の仕業かもしれませんよ。
妖怪を生み出すのはあなたかも?
以上のように、家の中にいるかもしれない妖怪を5人(5匹?)紹介しました。
石燕の妖怪画の一部は、国立国会図書館デジタルコレクションで無料公開されています。また、書籍としては、『画図百鬼夜行』(国書刊行会)や『鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集] (角川文庫ソフィア)が刊行されているので、気になる人はぜひ読んでみてください。
実は、鳥山石燕が描いた妖怪画の中には、石燕が創作したと思われるオリジナルの妖怪も多く含まれています。みなさんも家の中を見回して、ひょっとしたらあれも妖怪かもなんて、オリジナルの妖怪を考えてみると楽しいかもしれませんよ。
それでは。
<編集 池田繁孝(@shigetaka_1988)>