無人のマンションの一室に足を踏み入れると、
モワッと・・生暖かい空気に包まれる。
薄暗い部屋は、すでに荒らされており、
床には茶色のシミがある・・・『血痕』だろう。
死体はすでに無い。
『それ』は私の役割ではありません。
すでに部屋が荒らされているのは、
『金目の物』がしっかり回収されている証拠。
これもまた私の役割ではありません。
ハイエナのように残されたゴミを漁り、
少しでも金になる物を見つけるのが、『今回の私の役割』
部屋の掃除の仕事がセットになっている時もある。
まぁ金や宝石や現金が残っていることは、まず無い。
まだあるとすれば・・・・・あった!
タンスだ。
確かこれは『桐』っていう価値のあるタンスだ。
一人でトラックに運び込みます。
他にも家具や家電がありましたが、なにせ時間が無い。
私が勤めている『店』は致命的な人手不足ゆえ、
金目の物をサッと回収して次の現場に行かなければならないのです。
中途半端ですが、私の役割はここまで。
血の痕などを掃除するのは、
こんなド素人の役目じゃない。
次に来る専門家の役割である。
回収したタンスを店に持ち帰ると・・
マネージャーは怪訝な顔をして言います。
「これは・・よくないねぇ・・」
指をトントン!と叩いた先には、傷跡。
タンスに傷があったのか・・部屋が暗かったせいか?
全く気が付かなかった!
表向きは『家具店』だったわが社は、裏に『特殊清掃会社』を持っていました。
死んだ人の部屋をわずかな金で掃除して、
さらに回収した金目の物はアウトレット(中古品)や、
骨董品(レトログッズ)等として店内で売りさばいていたのです。
まさに一石二鳥、
三鳥の商売なのである。
が、こんなボロボロのタンスは売れるハズもない・・
でも廃棄にするのもタダじゃない。
社長に知れたら大爆発を起こすかもしれない。
「てめぇこのゴミどうすんだよ?」
と先輩社員がにらんでくる。
怖い。
しかしマネージャーが「まぁまぁいいじゃないか」と、
先輩社員との間に入ってくれた。
「タンスは売れるから大丈夫!
このまま店先に置いて置けばいいよ」
そう自信ありげにマネージャーは言う。
・・・・私はその言葉を信じませんでした。
恐らく、この場をうまく収めるためのウソ。
(適当な日数が経ったら、こっそり廃棄の手配をするのだろう)
そう思っていると、マネージャーが後ろから声をかけてきました。
「売れないと思ってるでしょ?」
ドキッとしました。
「3日以内には絶対に売れるよ、
500円ってポップ描いて張ってくれる?」
言われた通り、ポップをタンスにペタリと貼り付けました。
こうして明るい場所で、タンスをよく見るとわかる・・・・
このタンスは酷い。
無数の傷。割れ。変色。歪み。
こんなゴミ0円でも要らない。
誰もがそう思うハズ・・・だったのですが・・・・
この『汚らしいタンス』、
その日のうちに売れてしまった。
なぜ?なぜだ?
ボロボロの古ぼけたタンスを?なぜ?
誰が欲しい?なぜ・・・・私には全く理解できませんでした。
後日・・・今度は店先に
『錆びた金属の棚』が置かれていました。
風が吹けば、サビがヒラヒラ舞い落ちる。
その次は『シミだらけのソファ』
ところどころ穴が開いており、ヨレヨレのボロロ。
これは家具を購入したお客さんの家から
交換で引き取ったゴミ。
処分するために引き取ったゴミなのです。
・・・・しかしマネージャーの指示に従い、
どちらにも500円というポップを張った。
(こんなモノが売れるハズがない)私は改めてそう思いました。
しかしマネージャーは「売れるよ~」と気軽に言う。
いや・・・・
いやいやいやいや・・ない。
さすがに無理がある。
こんなものは棚でも無い。ソファでも無い。
どちらも、ただのゴミ。
棚を買ったとして、わざわざサビを落として使うのか?
ソファにいたってシミに穴、もうどうしようも無い。
マネージャーは「どんなモノでも売れる!」と
新人の私の前で言った手前、
きっと引っ込みがつかなくなっているんだろう。
と思っていました・・・・が・・・・・
売れた。
数日後・・すべてのゴミがキレイに売れてしまった。
お客さんが買った理由を同僚に尋ねると、
錆びた金属棚を買ったお客さんは、こう言ったそうです。
「庭に置いて、物置きにする」
畑で使う道具やプランターでも置くのだろうか?
なるほど・・・・すでに錆びているから雨ざらしでも関係ない。
シミだらけの汚いソファを買ったお客さんは、こう言ったそうです。
「カバーをかけて犬用に使う」
そうだ・・確かに、カバーをかけてしまえばソファは生まれ変わる。
汚れやシミ、小さな穴や破れなども問題無い。
それに使うのがワンちゃんなら、たとえ新しいソファを買ったとしても、
どうせすぐ破いてしまうかもしれない、
だからソファに破れがあったとしても、全く問題ないということ・・
なんということだ・・・・・・
目からウロコじゃなく、目がポロンと地に落ちた。
目なんて最初から入っていなかったのかもしれない。
なによりも湧いてくるのが罪悪感。
もしかしたら誰かが思いを込めて作った家具だったかもしれない、
もしかしたら長年大切に使われていた家具だったのかもしれない。
もし私がマネージャーだったら、
ゴミと決めつけ処分していた・・・・
しかし、ちゃんと欲しい人が居た。
まだ彼らには居場所があったのだ。
後々・・・私はマネージャーに本質を問いかけました。
「なんでゴミのような物が売れるのでしょうか?」
マネージャーは逆に私に問いかけました。
「片方しかないクツって売れると思う?」
私は少し考えて、首を横に振りました。
「でも片足の人には必要だよね?」
そう言われてハッとした。
『誰にも必要とされないモノなんて無い』
つまりマネージャーはそう言っているのです。
そして「必要としてくれる人を探してあげたい」と。
モチロンこんなのは・・ただの理想、
金にならないやり方です。
今では世界中に、ありとあらゆる物があふれ、
一つの物の価値がまるで下がったかのように感じてる人は多い。
でも『物を大事にする』っていうのは、
思いやる気持ちを育て、人の心を豊かにする生き方なんだと思う。
どんなに古く汚れた物にでも、
必要としてくれる人が必ずどこかにいる。
それはもしかしたら、人間も同じなのかもしれない。
どうか同じであってほしい。
そう願う。
おわり